医療施設建設支援

医療施設建設支援

支援サイト

プノンペン市郊外(主に西部保健局管轄地域)
スヴァイリエン州アン・タソー村

支援前の状況

hospital多くの発展途上国では賃金労働を求めて、農村地域から大量の人口が都市に流れ込んでいます。
カンボジアもそのうちの一国で、首都プノンペンには毎年たくさんの人が農村から出稼ぎにやって来ています。
貧しい生活を送る人々の多くは「スラム」と呼ばれる集落を都市郊外に形成して生活しています。
スラムでは舗装道路はおろか、電気や上下水道などの都市インフラ、学校や病院といった施設も整っておらず、人間的な生活を営むことが大変困難な環境です。
2005年にセカンドハンドの支援で完成したトゥックトラヘルスセンターも、それまでは入院用ベッドが2台しかなく、出産後の母親は乳幼児と一緒に廊下に直に寝ているという状況でした。

インフラや施設が整えばその地域の環境がよくなるという問題でもありません。
現金収入が絶対的に低い住民が、そのインフラや施設の恩恵にアクセスできるような「仕組み」の整備も必要不可欠です。

活動の目的と内容

プノンペン市保健局が貧困者が医療サービスを受けられるように実施しているプロジェクトへ支援。医療施設の建設、また運営費の支援を行いました。このプロジェクトでは、お金のない住民は無料、もしくは格安で診療を受けることができ、出産の場合でも無料、もしくは約10米ドルで出産できるようになっています。単なる医療問題の改善だけでなく、病気による貧困の悪循環から住民を救い出すことになります。施設が衛生的な環境になったことで、人々が病院に通うようになり、そこを拠点に結核や性病に関する衛生教育や、伝染病の予防接種も行えるようになっています。

活動の経緯

mother他の地域ではいまだ10~14%もある乳幼児死亡率が、サマキ地区では2006年には6%にまで減少しており、乳幼児死亡率の減少に医療施設建設支援も一役買ったと思われます。ポチェントンヘルスセンターは、支援により医療サービスが向上し、ヘルスセンターから病院に格上げされました。医療支援プロジェクト最初の対象となった、サマキヘルスルームには一日平均35人が訪れています。ヘルスセンターの評判を聞きつけて遠くから通ってくる患者も居て、一日の外来患者が100人を超える日も珍しくない状況で、スタッフも休む間がありません。

2003年10月 サマキヘルスルーム*1完成 約120万円
2003年12月 アンロンコンヘルスルーム完成 約160万円
2003年12月 運営費支援 約100万円
2005年1月 トゥクトラヘルスセンター*2にお産病棟完成 約320万円
2005年5月 プノンペンの病院に医療用マットを提供
2006年4月 ポチェントンヘルスセンターにお産病棟完成 約370万円
2007年7月 ポチェントンヘルスセンターが第1次病院へ格上げ(医療サービスが向上したため)
2007年9月 救急医療支援スタート
2010年10月 スヴァイリエン州アン・タソー村スヴァイ・アンヘルスセンターのお産病棟完成 約350万円
24時間診療できるように、ソーラーパネルも設置
2012年6月 プノンペンのボエントム地区にお産病棟が完成(閉鎖されていた施設も政府によって改修され、再開された)
2014年3月 プノンペンのプレイ・コンプー地区にヘルスセンターが完成(施設建設支援7つ目)

支援サイト

事業の背景:カンボジアの交通事故死亡率はASEANの中でワースト1位.先進国では当たり前にある救急医療システムがカンボジアにはないというのが現状です。カンボジアでも救急車は走っているが、担架を乗せただけの患者搬送車で延命を施す治療などは行われていない。また、ほとんどが民間病院の救急車で,患者に不当に高い搬送料(約1万円等:カンボジアの人の平均月収を上回る額)を請求するため、貧しい人々は利用できない。このような背景から多くの助かる命が失われている。

支援内容/実績 NPO法人TICO、プノンペン市保健局と連携し、事業を開始。事業の拠点は、プノンペン市西部地区ポチェントン病院(セカンドハンドが2006年に建設支援した病院)プノンペン市立病院。
システム構築
救急車や医療機材の輸送費
約215万円
救急車や医療機材の輸送費 110万円
車両購入費 46万円

*1 保健室のような小規模の医療施設。スタッフはアシスタントドクターと看護師が各1名。住民が利用しやすい午前と夕方に診察。
*2 出産や簡単な処置ができる診療所のような施設。ヘルスルームで対応できない患者を診ることもある。スタッフはドクター2名、看護師7名、助産師7名程度。